秋に入学?東大の秋季入学

秋に入学?東大の秋季入学

1月20日、18日よりマスコミの先行報道が行われている東大の秋季入学への移行について、濱田純一総長が記者会見を開き、説明を行いました。入学時期の見直しを検討してきた東京大学の懇談会が、5年後をメドに学部の春季入学を廃止し、秋季入学への全面移行を求める中間報告をまとめたことによるもので、同時にこの中間まとめも全文が公表されました。

東大が目指す秋季入学の制度は、入試の制度や実施時期は現行とほぼ同様とし、入学者は約半年間待機して秋に入学するもので、9月案と10月案が提示されています。卒業時期は5月下旬~7月上旬の4パターンが提示されました。報道にもあるように、世界では秋入学が多数派で、世界全体では約7割、欧米では約8割が秋入学になっていて、日本は例外の状態です。(下・「中間まとめ」から引用・参照)

マスコミ報道では、秋季入学を目指すことや、高校卒業後の過ごし方、あるいは世界の大学ランキングでの東大の位置などに重点が置かれていますが、基本的な考え方として、次の3点があり、その実現のための秋季入学とされています。

① 最終的に日本の教育・社会全般のシステムや意識の改革を目指したい、そのためにまず東大が率先して、教育システムの改革に取り組む。

② 東京大学憲章にある「市民的エリート」、濱田総長が自身の任期末の2015年度までの行動シナリオとして策定した「タフな東大生」、それらと軌を一つにする高度な「グローバル人材」の育成が、秋季入学への移行と一体的に進める教育改革の最終目標。

③ 中間目標として、前記行動シナリオにおいて「グローバル・キャンパスの実現」とあり、その実現、さらなる展開として位置づける。グローバル・キャンパスは「2015年までに全ての学生に海外留学・派遣を含む国際的な学習・研究体験を提供する」というもので、実現には学部段階の国際化と学生構成の多様化(学生・教員の国際流動性の向上)が必要。(下・「中間まとめ」から引用・参照)


東大での学生・教員の国際流動性の向上の障壁の1つが、学事歴の世界とのずれである、とされていて、その解決の手段としての秋季入学、となったわけです。
 さて、前述のように入試時期は現行と変わらず、入学時期が秋になるために約半年の待機期間が生じます。これについては「受験勉強のアカを落とす期間」として、積極的なボランティア活動や海外学習による体験活動を推奨しています。東大自身は、現在の大学入試と入学生について次のように捉えています。

① 大学入試全般では推薦やAO入試などで多様化が進んでいるが、本学を含む研究大学では、学力を測定する客観的な手段としてペーパーテストに比重を置く仕組みをとっていて、ペーパーテストで高得点を競うこと自体は学力向上に一定の意義があり、否定されるべきではない。

② 一方、高校では大学入試準備に高校生が多くの力を注ぎ、受験競争が低年齢化も見られるが、こうした状況は、ともすれば学び方を外発的動機に基づく受動的なものとしてしまい、大学で求められる「自ら課題を発見する」主体的・能動的な学びとは異なる力量、意識につながっている。

③ 受験競争の浸透と、大学に対する人材育成の要請の高まり(例えば「グローバル人材」への需要)は、大学が求める学生像と、入学する実際の学生像の乖離をますます大きくしている。

 要するに、ペーパーテストで高得点がとれて、しかも主体的・能動的な学びができる学生に入学してほしいのです。ただ、この2点を両立できる学生が少ないので、ペーパーテストで高得点がとれることを前提とし、その上で入学までの半年間にボランティア活動や海外学習による体験活動に取り組むことで、偏差値重視の考え方といった、受験勉強のアカを落とし、主体的・能動的な学びができる学生として入学してほしい、ということです。
 中間まとめではこの半年間を「ギャップターム」と呼んでいます。これについては次のような活動が例示されています。(「中間まとめ」から引用)


「ギャップターム」の活動内容は入学生が自ら主体的に取捨選択するのが理想的としながらも、無為に過ごす入学生が現われるリスクも指摘していて、オリエンテーションの実施といった支援を東大自身が行う可能性についても検討とされました。

さらに産業界やNPO法人等で学社連携による体験活動推進構想も提唱されました。これは「ギャップターム」だけでなく在学中の学生支援としても位置づけられています。(下・「中間まとめ」から引用)

入学時に「ギャップターム」がありますが、企業等が4月採用を前提としている限り、卒業時にもやはり「ギャップターム」が生まれます。今回の中間まとめではこの点についても触れられていて、特に世界の大学が修業年限3~4問が主流になっていることもあり、入学前・卒業後の各半年のギャップターム+4年間の在学の都合5年間は「長い」とする意見も盛り込まれています。特に大学院に進むことを前提とした場合は短縮が求められることも念頭に置き、成績優秀生は3年半で卒業も視野に入れています。

 ただ、産業界は「優秀な人材が採れるなら」と、採用時期については柔軟に対応するケースも多くなるとみられます。秋季入社を制度化する企業も増えてきました。報道によると経団連が秋季入学支持を表明したようなので、何とかなるでしょう。問題はむしろ公務員試験や司法試験等の資格試験が4月入学を前提として設定されている点で、中間まとめでもこの点を指摘し、行政側に改善を要望していくとされました。次に4年間の在学期間の前後も含めた進路イメージを紹介します。(「中間まとめ」から引用)

さて、合格のことを「サクラ、サク」(かつての合格電報)と言うくらい、日本人にとって入学は4月、というのは常識になっています。しかし、日本の学校制度でも最初から4月入学だったわけではありません。1872年に学制が施行され、小学校が義務教育になりましたが、この時点では入学時期はいろいろあったようです。しかし、1886年に政府の会計年度が4月~翌年3月に決定し、徴兵による陸軍の入隊開始時期が4月とされたことで、「4月が年度の初め」の機運が生まれ、小学校については4月入学が推奨されるようになったようです。一方、旧制高校や帝国大学などの高等教育機関では欧米に合わせて9月入学が主流だったようですが、やはり「ギャップターム」の問題から、1921年までに一部を除いて4月入学に統一されていきます。「原則として4月入学」に統一されてから約90年が経過しました。

しかし、高校・大学では現在でも秋入学が細々とですが実施されています。高校では公立の単位制高校や通信制高校の中に「秋入学枠」を設けている学校(例:埼玉県立吹上秋桜高校の秋季募集)があり、大学でも早慶上智をはじめ、採用する大学・学部は増えているようです。東大の場合、留学生対象ではすでに実施していて、昨年は10月4日に安田講堂で実施されています。もちろん学生数では圧倒的に少数派ですが。

 東大では秋季入学を実現するため、今後学内での意見募集を進めるとともに、春までには最終まとめを発表し、秋季入学に向けて動きたいとのことです。すでに昨秋、朝日新聞、読売新聞、文芸春秋には濱田総長のインタビューや寄稿が掲載されていて、今回の中間まとめとほぼ同じ内容でしたので、学内ではすでにかなり検討済みなのでしょう。また、1月20日の記者会見では濱田総長から「仲間を増やす取り組みも進める」との言及があり、北海道大、東北大、筑波大、東京工業大、一橋大、慶應義塾大、早稲田大、名古屋大、京都大、大阪大、九州大の11大学にはすでに中間まとめの内容の報告と意見のすりあわせを進めつつあることが明かされました。課題の整理や可能な取組みと実施方法等についての検討協議組織を4月ごろに立ちあげる方向で各大学と相談すること、慶應義塾大などとはギャップタームについての意見交換がすでに進んでいて、問題意識の共有が始まっていることなどが触れられています。記者会見では濱田総長が産業界に対しても、企業等と大学の間で「体験活動の推進とギャップタームの受け皿となる社会的な枠組みづくり」と「採用時期・方法の見直し」の2点を中心としたネットワークを、4月に準備会発足、夏をメドに本委員会の立ち上げで構築していくと表明しています。すでに主だった経済団体のトップの賛同を得つつあること、人材育成についてはすでに「産学協働人財育成円卓会議」や「産業競争力懇談会」などがあり、それらの成果も積極的に活用することなどが明かされました。

 前述の昨秋に出た文芸春秋の濱田総長の寄稿では、今回の中間まとめの内容の他に、特に地方からの女子学生の入学者を増やしたいこと、2020年までに東大の英語の授業を現在の3倍に増やすこと、などが盛り込まれています。東大の大改革が実現するかどうかは今後の取り組みしだいですが、国立大だけでなく慶應義塾大や早稲田大にも声をかけていて、この両大学が全面移行にはならなくても秋季入学の枠を大幅に増やせば「夏の大学入試」が出てくる可能性があり、さらに4月入学が決まっている附属高校からの内部進学生は高大連携授業・単位認定の拡大で3年半卒業(秋季入学生よりも1年早い)が実現する可能性も出てきます。GMARCHや関関同立各大学も現状維持、というわけにはいかなくなります。こうなると大学入試だけの問題ではなく、中学高校入試にも大きな影響があるでしょう。今後の動きに注目です。